「第一義」青森県知事からの短いメールに3回も使われている

「県政・わたしの提案」への回答をメールでもらいました。
六ヵ所再処理工場の健康被害を訴えましたが、その回答です。

「第一義」という言葉を3回も使われているので、いったい、、
もっと、万人が理解できるような共通語があると思うのですが、、、


 平成20年 3月31日

青 森 県 知 事

 エネルギー政策は国家レベルで対処しなければならない重要な問題です。我が国においては、エネルギー安定確保や地球温暖化対策の観点から、原子力政策の着実な推進と、再生可能エネルギーの開発、普及を図っていくことが不可欠であり、本県は、国策である原子燃料サイクル事業について、

安全確保を第一義に協力してきたところです。


 原子力施設に関する安全を確保するためには、
第一義的には事業者が責任を持って取り組むとともに、

法令に基づいて一元的に安全規制を行っている国がその役割を果たしていくことが基本と考えていますが、県としても、県民の安全・安心を重視する立場から、今後とも、国及び事業者の対応状況を厳しく見極めつつ、

安全確保を第一義に慎重かつ総合的に対処して参ります。


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青森県知事の回答は、ご本人による文面ではないと思います。
(優秀な、八戸高校のOBですので、そう思います)
「第一義」という言葉を3回使っています。

1、安全確保を第一義に、
     ・・・ここでは「優先する」のような意味です。
   安全確保を最優先に、県は協力してきた、、、
2、第一義的には事業者が責任を
     ・・・ここでは責任をとる順番を言っている。
   安全確保の責任は事業者にある
   国には安全規制の役割をはたす責任がある。
   県は事業者と国を厳しく見つめる(見つめられても困ると思うが、、)
3、安全確保を第一義に慎重かつ総合的に対処して参ります。
           ・・・ここでも「優先する」のような意味です。
  安全確保を最優先とは口では言いますが、総合的に(経済とか、
  企業の理論とか、他国の影響とか、、、を総合的に)考えると
  そうも言っておられませんので、ときどきは目をつぶりながら
  対処していきます。といったところでしょうか。

ところで「第一義」の使い方は、優先するとか、順番を表すのではなく
もっと奥深いものです。
「万物の真理」「義を第一に」とかいうことのようです。


上杉謙信の子孫の方に、ぜひ一言コメントをいただきたいところです。

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「第一義」とは禅の教本として知られる『碧巌録』に出てくる言葉だそうで、釈迦が悟りの境地で解するに至った万物の真理を意味するらしい。

春日山城の隣にある林泉寺は、上杉謙信が7歳から14歳まで修行を積んだ寺です。山門には巨大な闊達した書体で「第一義」と書いた謙信の筆による額が掲げられています。第一義とは、禅宗の祖、達磨大師の有名な問答中に出てくる言葉で、仏教の第一義とはなんぞやという設問から来ています。達磨大師によると第一義とは廓然無聖 (かくねんむしょう)であるといいます。この意味は言わば明鏡止水の境地のようなものなのですが、上杉謙信の生涯を思うに、その隠された真意よりも、字をそのまま素直に義を第一に重んじたと読んだ方が遥かに謙信の生き様を現しているように思えます。しかし謙信の理想は更に高く、自らを毘沙門天の化身、北方の守護神として仏道を歩みます。この二重の意味において「第一義」を見なくてはならないと思います。

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