【原発震災】放射能雨(セシウム137)は60年前大気中核実験~29年前チェルノブイリなど

◆「放射能雨にあたると被ばくし脱毛する」となります。たとえ話にしてはちょっと強烈です。しかし、事実に基づいた言葉なのです。つまり、かつて日本では放射能雨が降り大騒ぎになったのです。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/41502

 日本中で放射能雨の騒ぎが始まったのは今から60年前。第五福竜丸というマグロ漁船がアメリカの水爆実験で被ばくした昭和29年です。この年、全国各地で雨から強い放射性物質が見つかりました。京都では1リットルあたり8万6000カウント(現在の飲料水の基準値の1800倍、1万8000ベクレルにあたる)、東京でも3万2000カウントの雨を計測。昭和29年だけではありません。沖縄では昭和33年に17万カウントが記録されています。当時、沖縄では九割の人が雨水を飲んでいましたから、その影響が心配されます。

 2014年の9月19日、日本政府は、これまで「ない」としてきた、事件に関わる文書2700ページを、60年ぶりに開示しました。その中に日本本土の放射能雨の記録がありました。私はその数値に目を疑いました。福岡を例に取ると、昭和30年からの3年間に3万カウント、14万カウント、22万カウントという数値が観測されていたのです。

 「雨にあたると髪の毛が抜ける」という言葉の生まれた背景が、これでよくお分かりいただけると思います。
 汚染海域にいたのは第五福竜丸だけではありませんでした。数多くの貨物船、捕鯨船、漁船等がいたのです。当然、魚も被ばくしていました。騒ぎが大きかった昭和29年については、水揚げされた魚の放射能検査が行われました。結果、延べ992隻もの漁船が被ばくした魚を水揚げしたのです。ところが、政府は12月31日をもって検査を中止。昭和30年1月1日からはすべての魚が食卓に運ばれました。そして、洋上で被ばくしたマグロ漁船の乗組員たちは、その多くが40~50代で次々と亡くなっていったのです。
 これが、私が、10年以上にわたって追い続け、『放射線を浴びたX年後』として番組にし、映画にし、そして今回書籍にした事件です。最近になって、やっと事件が解決に向けて動き出しました。3・11がきっかけでした。皮肉なことです。

◆東京都健康安全センターで、昔は現在の1000倍の放射線数値のセシウム汚染があったと公表されていますね。しかも度重なる水爆実験のせいでかなり長期間継続的に。。。
http://monitoring.tokyo-eiken.go.jp/etc/qanda01/#q01-08

 雨やちりなどの降下物に含まれる人工放射性物質の1つであるセシウム137の、日本における毎月の降下量の経年変化を表したものです。 縦軸の目盛りは、1つ上がるごとに10倍になっています。
 1950年代後半から1960年代前半には大気圏内で核実験がさかんに行われました。この結果、これらの核爆発でできた人工放射性物質が大気中に広がり、雨やちりと一緒に地表に降り続けました。 大気圏内核実験は1980 年を最後に行われなくなり、地表近くの人工放射性物質は少しずつ減ってきています。1986年にチェルノブイリ原子力発電所事故が起こりました。この事故でセシウム137を始めとする人工放射性物質が環境中に放出され、一時的に日本でもセシウム137などの降下量が高くなりました。しかしその後すぐに元に戻り、近年(福島第一原子力発電所の事故前)は1963年当時の約1/1000程度となっています。
 なお、平成23年3月12日に発生した福島第一原子力発電所の事故により、3月22日にセシウム137の値は5,300Bq/㎡となり、平成23年3月の放射性物質の降下量は過去最大を記録しましたが、その後低下し、5月15日以降は、毎日の降下物の測定では概ね、不検出の状況が続いています

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