トリチウムについてのディア・ジョーンズ論文について/質問への回答

皆さま
渡辺悦司より

転送可です。

原子力資料情報室のサイトに掲載されているTim Deere-Jones氏の論考(ブリーフィングペーパー)について質問が寄せられましたので、私の分かる範囲でお答えいたします。

原子力資料情報室
ブリーフィングペーパー 「トリチウム水と提案されている福島事故サイトからのトリチウム水海洋放出について」
http://www.cnic.jp/8115

まず、同論文は、日本語の要約よりも、英語版の方がずっと詳しく、内容も豊かで、依拠する引用文献も列挙されており、基本的に英語版をベースに議論する必要があるかと思います(下記サイトで取れます)。
http://www.cnic.jp/wp/wp-content/uploads/2018/08/FUKUSHIMA-tritiated-water-releases-final.pdf

1)引用の典拠

第1の質問は、同論文の信頼度に関する疑問です。それは多くの皆さまの疑問でもあると思います。
同論文は、基本的に、イギリス政府機関による調査報告、およびいわゆる「査読のある」「権威ある」雑誌に発表された論文をベースにしており(上記原文でご確認ください)、引用ソースが信頼できないという疑念にはつながらならないと考えます。

ご質問がありました「たら」や「海がも」のトリチウム濃度は、イギリス政府機関の報告書から引用されています(原書は以下にあります)。

Radioactivity in food and the environment 1999 (RIFE-5)
https://www.cefas.co.uk/publications/rife/rife5.pdf

2)環境中でのトリチウム水から有機トリチウムの生成

ディア・ジョーンズ論文で注目されるのは、トリチウム水という形で環境中にトリチウムを放出した場合、放出の後に、自然環境の中で、トリチウム水から「有機結合トリチウム」が生成されるという点です。

それについて、論文は2つの過程を指摘しています。

(a)植物・植物性プランクトンによる光合成(トリチウム水と二酸化炭素→トリチウム結合炭水化物)です(5ページ)。この点は、単純で、すでに明らかでしょう。

同論文はさらにもう一つ

(b)トリチウムが環境中の有機物、とくにタンパク質様物質(proteinaceous material)に対して親和性(affinity)をもち、海岸・河岸の堆積物の中で有機トリチウムが生成されるという過程を指摘しています(7ページ)。

具体的な数値としては、タマール川河口域で、核施設から放出された10Bq/kgのトリチウム水が、堆積物中ではトリチウムの放射能量で300Bq/kg(乾燥重量)に濃縮されていたことが挙がっています。

同氏が依拠しているターナー氏らの原論文、アブストラクトは以下にあります(PubMedに掲載されています)。

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19608308
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0265931X09001477

残念ながら、全文は有料のようで、私は見ることができていませんが、アブストラクトを読む限りディア・ジョーンズ氏の引用の通りの内容です。
どなたか取得できる方、提供していただけると幸いです。
この(b)に付け加えますと、トリチウム水は、多孔質のアルミニウム焼結金属と親和性がある(濃縮される)ことが、近畿大学の最近の研究で明らかになっています(下記サイト)。

https://www.u-presscenter.jp/2018/06/post-39661.html
https://mainichi.jp/articles/20180827/k00/00m/040/120000c

そうだとすると、堆積物中には必ず何らかのアルミニウムの化合物があり、泥や砂礫などの多孔質構造があるでしょうから、このアルミニウムが上の過程(トリチウム水濃縮→有機結合トリチウム)を、何らかの形で媒介しているのかも知れません(これは私の推測ですが、ターナー氏の結論の傍証の一つにはなるでしょう)。

これら(a)(b)から、ディア・ジョーンズ氏は、トリチウム水として投棄されたトリチウムは、投棄の「後」に、自然環境の内部で、有機結合トリチウムに変化し、その生成した有機結合トリチウムが微生物を出発点とする食物連鎖により生物濃縮される点に注目しています。

つまり、最初から有機結合トリチウムとして廃棄されなくても、トリチウムは(1)環境中で有機結合トリチウムとして生成され(2)生物濃縮の過程に入ると考えるべきなのです。

言うまでもないことでしょうが、生体は摂取した炭水化物を水と二酸化炭素として排出しますが、その一部を「脂肪」として蓄えますから、トリチウム結合「炭水化物」の一部は生体内でトリチウム結合「脂肪」に変わるでしょう。

そうなると、トリチウムは体外排出されずに、生体内に蓄積されるでしょう。

私自身は、この脂肪組織に蓄積されるトリチウムが非常に重要な健康影響を及ぼしているのではないかと考えています。
トリウム結合タンパク質の場合も、体組織になれば蓄積されるでしょうし、それがDNAの前駆物質となれば遺伝子の奥深くに取り込まれます。
結論としては、環境中でのトリチウム水からの有機結合トリチウムの生成、有機結合トリチウムの生物濃縮を主張しても、何ら「足をすくわれる」のでは(質問者)ということにはならないのです。むしろ反対に、トリチウム水放出の危険性を主張すべき科学的論拠をさらに強固なものとするでしょう。

3)福島沖の海流、東京方向に向かう

ディア・ジョーンズ論文で注目されるもう一つの点は、海流の分析です。

つまり、福島事故原発からトリチウム水を放出した場合、汚染水は福島沖で優勢な親潮に乗って、南方向に、東京(湾)の近くまで流れ、それから黒潮とぶつかって、多くの渦や旋回する海流となって広く拡散し、その後に東に向かい、北米方向に流れるという点を具体的に指摘していることです。

つまり、汚染水を福島で投棄すれば、それはまずは東京に近づく方向へ流れていくのです。
海洋投棄は、福島だけでなく首都圏・関東圏の住民、さらにはオリンピックで東京を訪れるであろう世界のアスリートや観客・訪問者を、意図的に被曝させるような残虐行為なのです。
トリチウム汚染水放出反対は、東京オリンピックでの被曝反対と結びついているし、結びついて行かなければならないと考えます。

4)政府との対決か、「生物濃縮」への疑念で二の足か

最後に、質問者がこの「足をすくわれる」という表現で示唆しておられる懸念について検討して見ましょう。ご存知の通り、政府や規制委が主張しているのは、トリチウムの「危険性は無視できる」、トリチウムの「安全は確保されている」いうことです。トリチウムの危険性の「程度」「度合い」が問題になっているのではありません。ですから、仮に質問者の言うとおり「トリチウムの生体濃縮」が疑われたと仮定しても、トリチウムの危険が「ゼロ」だという結論にはなりません。

トリチウムの有機結合トリチウムとしての「生物濃縮」を疑われているか否定されている人々は、かなりいるように思われるのですが、もしそうだと仮定しても、政府・東電によるトリチウム汚染水海洋放出に反対することに二の足を踏んだり消極的になる理由にはなりません。

「生物濃縮」を主張すると「足をすくわれる」という心配をされる(それは全くの杞憂ですが)よりも、その点を留保しても、目下の決定的な対決点で、もっと積極的に、真正面から、政府のトリチウム汚染水放出の危険性を取り上げ、(「生物濃縮」論に対してではなく)政府・東電に対して矛先を向けて、本格的に問題に取り組むべきときだと思われます。

ICRP2007勧告は、トリチウムの危険度(加重係数)が「1」より大きい可能性をいろいろ検討して、結局「1」としています(228~229ページ)。

これは許しがたいことですが、ICRPはトリチウムの危険度を、決して、日本政府のように「0」としているわけではありません。付言しますと、ECRRはトリチウムの危険度を「10~30」、つまり外部被曝一般やK40(カリウム40)の内部被曝の10~30倍としています(2010年勧告96ページ)。

つまり、仮にICRPの立場に立ったとしても、トリチウムは「危険」なのであり、日本政府のトリチウム水放出計画に反対できるし、反対しなければならないのです。
いくら常日頃ICRPを批判しても、事故前の全原発の3~9年分という莫大なトリチウム水の放出に「いま」反対しなければ、少なくとも客観的あるいは理論的には「ICRP以下」ということになるでしょう。

ご検討ください。

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