東京大空襲を生き抜いた命からの繋がる命の日記

東京大空襲を生き抜いた命からの繋がる命の日記
SNSからの転載ですが、、、心に響く日記だったので、、、、

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3月24日
今日は私のお誕生日でした。
家族でお祝いをしてくれたのですが、
私の長年の長年の長年、苦節十数年・・・夢にまで見た
オットの手料理をいただきました。

かれこれ3年ぐらい前から、
「いつか・・・そうだな、お誕生日とかに二人でカレーでも作って
食べさせてくれたら、どんなに高級ホテルや5つ星レストランの
お食事よりもどんなに嬉しいことか・・・」と
何度か言った事がありました。
娘がそれを覚えていて、今年、二人でいろいろ考えてくれていたそうです。

カレー粉の箱のレシピを見ながら
大変不器用な手つきで野菜を切る様子は
とても見ていられませんでしたが、
ママはお外に行っていてと外出を命じられ、外で待つこと4時間。
恐る恐る、約束の夕食の時間に戻ると。

カレーの香りとキャンドルが灯る部屋に、
なんとかがんばった跡(笑)がみられるテーブルコーディネート
そこに、娘が書いた「メニュー」
エプロンに三角巾まで身に着けた娘は、張り切って、
「お飲み物は何にしますか?」「ご注文は?」
なんてやってくれて、笑いをこらえながらも、実は感激の涙もこらえていて
いきなり有頂天になってしまいました。

楽しい食事の団欒の後は、娘の妖しい?ショータイム(ときどきオットも参加)
これが、けっこう笑えたけれど、かわいい仕草と
キャンドルに照らされたひらひらの衣装に目がくらくらして、
ショーとしては、なかなか見ものでした。

そんなこんなで、一生忘れられない誕生会となりました。

最近、毎晩「葉っぱのフレディ」を寝る前に読んであげているせいか、
いのちについて・・・ 生きることについて・・・ 死について・・・
あらたなカタチに変化することについて・・・
考えているところでした。

今日、私がお誕生日を迎えることが出来たこと、
人類誕生の奇跡からはじまって、・・・
ほんとうに、奇跡の奇跡の奇跡の連続の末に、今の私があるのですよね。

先日、東京大空襲の再現ドラマがあったそうですが、
民間人を効率的に殺戮する為の綿密な計画により落とされた、
32万発もの焼夷弾により、10万人以上の尊い命が失われたその晩、
母(当時4歳)は、その地域にいながら
奇跡的に生き残ることができた一人です。

私の祖母は、母の妹を背中におぶり、母の手を引き、
女学校に入学が決まった為疎開先から戻っていた姉とともに、
燃え盛る火の中を逃げまどいました。
八方すべて火に囲まれて「もうダメだ!ここでいっしょに死のう」と
祖母が地面に手をついてうずくまったところを、気丈にも母の姉が
「何いってるの!!生きなくちゃ!!」と、祖母を再び立ち上がらせ、
その後どうやってその火の中を通り抜けたのか・・・記憶がないくらい
夢中で、とにかくなんとか線路まで何とかに逃げて、助かったそうです。

そこで、母の命が絶えていたら、今の私は当然ないのですよね・・・。
おばあちゃんを立ち上がらせてくれた叔母さまありがとうございました。
命からがら母の手を離さずに火の中をくぐり抜けてくれたおばあちゃん。
ありがとうございました。

こうして、生まれてくることができてよかった。
今日まで生きる事ができてよかった。

その上に、こんなふうに、お祝いの言葉を寄せてくださる方たちや、
一緒に祝ってくれる家族がいてくれること・・・。
ありがたいな~。今の幸せに感謝です。

今の私があるのは、たくさんの人たちのおかげです。

お父さんお母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、叔父さま、叔母さま、
そのずっとずっと先のご先祖さまたち・・・ そこに関わってくださった人達・・・
そして 繋がっている先の
動物たち、植物たち、水も空気も 地球 も 宇宙も 
これを読んでくださているあなたも!
みーんなみんなありがとう!!

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