【原発震災】 メディア・報道記者の反省と、市民の監視

報道記者の反省文を読んで欲しい。

我々市民は、メディアが市民、消費者の側に立つことを監視していきたい。

もちろんメディアが、政府側、企業側に立ってもいいと思うが、市民側に立つメディアもいてほしい。市民側に立つメディアも認めてほしい。

市民側に立つメディアが、普通に毎日目にするテレビや新聞・雑誌、耳にするラジオにふつうに登場できるようになってほしい。

市民側に立つメディアが「政府発表」をそのまま垂れ流しするのでなく、「企業発表」をそのまま垂れ流しするのでなく、市民の立場に立って、分かる報道をして欲しい。

御用学者(政府側、企業側に立つ学者たち)の発表だけでなく、市民側に立つ学者の意見もきちんと報道してほしい。

2011.4.13.
● 報道ブーメラン 第576号 ●
http://www.tv-asahi.co.jp/
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 ■■編集後記
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我々日本人は、決して忘れることが許されない「広島」「長崎」があり、さらにはビキニ環礁で水爆の放射能を浴びた「第五福竜丸」の“苦い体験”がある。にもかかわらず、なぜ、今や放射能を撒き散らす原発という“悪魔の火”を手中にしたのか。

20年前、初任地・福井で新聞記者を始めた頃は、まだ原発に対するアレルギーが、少なくとも、我々記者には、強かったような気がする。

頻繁にメディアツアーを催しては、原発施設内に記者を招き、ことあるごとに宴会の出席を求める電力事業者に対して、ほとんどの記者は胡散臭さを感じていた。

原発容認派と反原発派の記者を、「○」「×」で色分けした当局作成のリストが存在するという“ウワサ”も流れていた。戸惑いとともに強い憤りを感じたのを覚えている。

ただ当時は、どの全国紙でも社説は原発賛成を主張しても、地方版は住民や科学者の声を拾って、原発反対の紙面を作ることが当たり前だった。平気で批判をしたし、反原発運動に身を投じた記者も何人かいた。

ところが20年たって気づいてみると、電力事業者への表立った批判はタブー視され、扱いにくい存在になっていた。多数の国民に原発について「なんとなく容認する」という雰囲気が作り上げられていた。

電力事業者が、この不況下においても大スポンサーであることに加え、低コスト、温室効果ガスを出さないクリーンエネルギーだという最近の“宣伝文句”は効果的抜群だった。もちろん自信満々に安全を語る事業者や学者さんたちのおかげでもある。

あげくに“国策”として原発を海外にまで売り出そうとするにいたっては「原発安全神話の完成」を意味していたと、今気づいた。そんな時期に事故は起こったのである。

言うまでもないが、例え「想定外」であろうとも、今回のような大事故になってしまえば、「低コスト」どころか、莫大な補償が必要となる。放射能汚染は「クリーン」からは程遠い。すべては原発推進者の“おとぎ話”だったということだ。

一方で安全性について、強く警告を発し続けることができなかった我々メディアには、大きな責任があることは言うまでもない。「安全神話完成」の一翼を担ったとも言える。

原発を詳しく勉強をした記者たちのほとんどが飼いならされていた。そうした自覚がなくとも、結果そうなっていた。我々は原発を否定するだけのパワーを持った原稿を書き切ることができなかった。

それでも「『絶対安全』ということはなかった」と、今になって書く。書くのは勝手だが、まずは過去の不明を恥じ、懺悔をしてからだろう。今度こそ誤った方向に導かないためには、どうすべきかを必死に考えねば。もちろん自戒をこめて、だ。

(編集長 中村 直樹)
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●テレビ朝日のメールマガジン 報道ブーメラン 第576号

<発行> 株式会社 テレビ朝日 http://www.tv-asahi.co.jp
<委託> 株式会社 テレビ朝日メディアプレックス http://www.mediaplex.co.jp/
<報道ブーメラン編集人> 中村 直樹
<a-friends統括編集人>  宮原 香織

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